2008年11月5日水曜日

いつも見る知らない景色

 通勤や通学などで同じ場所を電車で往復する場合、乗り換えの効率を良くするために、列車の特定の号車の特定のドアから乗り降りするようになる.すると、乗り換え待ちの時のホームでの立ち位置が固定されてくる.ホームで列車を待っている間に前を見ていると、向こう側のホームに立つ人々、行き交う人々が見えるかもしれない.絶え間なく変化する光景だ.でも駅の端にあるホームの外側に電車が着く場合、ホームから見える景色は、看板か外の景色になる.看板である場合は、毎日毎日、広告のなかの同じ写真や文字を眺め続けることになる.やがて、それらがすっかり眼に馴染んで、盛られた情報が眼を経ても脳を素通りするような感じになる.そんな頃になると、季節が変わったり、売れ筋商品が変わったりして、看板の広告が突然ガラッと変わる.眼はあわてて新しい情報を貪って脳に伝えようとするだろう.一方で、目前を遮る看板がなければ、毎日眺めるものは外の景色だろう.毎日見るともなく眺めて眼に馴染んだ景色は、アングルも構図も同じだけれど、時間や天気によって微妙に色彩や陰影が変わる不思議な絵のようなものだ.毎日見慣れていても、たいていの場合何を見ているのか積極的に探ろうとか調べようとかはしない.乗り換え駅であれば、なおのことそうだろう.いつも見るけれど、知らない景色だろう.自分や人の心を眺めたいと思う時に、時折、隣のホームのように、看板のように、そして、外の景色のように感じることがある.

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