2009年8月30日日曜日

海ホテルを発見

 ウミホタルの観察会をやっていているうちに『海ホテル』という妙な言葉が生まれてきた.ウミホタルに引っかけた言葉で、捕獲したウミホタルを観察会に出動させるまでの間に蓄養しておく場所のことを指していて、それはすなわち我々の臨海実験センターの海水流しのことである.ウミホタルを網目の細かいざるに入れ、流海水に浸して生かしておく.臨海実験センターでは 24 時間海水をポンプで汲み上げていつでも蛇口から使えるようにしているため、かけ流しで海水を供給することができるのだ.ここにウミホタルたちがふつう 1 -2 泊することになるため、なんとなく『海ホテル』と呼ぶようになった.海ホテルはウミホタルの宿所であって、その所在地はここだけだと思っていたのだが、つい先日、人間宿泊用施設の『海ホテル』を見つけた.国道 135 号線を熱海方面から下っていって、宇佐美の海岸に出る直前、下り坂から橋を渡る手前の信号で止まった時に左手を見上げると『海ホテル』という大きな看板が目に入る.略称なのか、あるいは看板の一部分が見えたのかなどの可能性も考えて、宇佐美周辺のホテルを調べてみたら、みごとに正式名称が『海ホテル』だった.自分たちのこさえた架空のヒーローがいきなり現実世界に現れたようで、なんだか、むやみに嬉しくなった.

2009年8月17日月曜日

コシダカウニは美しい

 ウニは受精やその後の卵発生を観察するのに理想的な生物だ.入手しやすいうえに放卵と放精を誘導しやすい.種類によって産卵期が異なっているために、対象種を変えてゆけば一年中発生の研究ができる点でも重宝されてきた.下田で実施される臨海実習では春期にはバフンウニを使い、夏期にはムラサキウニを使う.これらは個体数も多く扱いやすいのだ.でも、これらのウニの卵黄には少々色が付いていて光の透過性に劣る.卵発生の観察には理想的には無色透明な卵の方がよい.実はそんな卵を持つウニたちがある.私が忘れられないのはタコノマクラである.大学時代にお茶の水大学の館山臨海実験所を借りて行われた実習で、卵の受精から発生を顕微鏡に張り付くように観察していた.受精の折りに精核が卵核に近づいてゆく様子、卵が規則正しく割れてゆく様子を教科書の模式図そのままの状態で眺めることができた.その感動は今でも忘れない.もっとも、卵割の合間時間が長くなると浜に出て野球をやっていた記憶があるので、真面目な学生ではなかったはずだ.確か同時にスカシカシパンの卵発生も観察し、紫の水玉模様が少々邪魔ではあるものの、こちらの卵もとても綺麗だった気がする.残念ながら、下田の沿岸では、タコノマクラやスカシカシパンをコンスタントに大量に入手して実習に使うことは望めない.ところが、今年になって沿岸でコシダカウニの出現頻度が著しく高くなってきた.このウニはタコノマクラに似て濁りのない卵黄を持つため、発生の観察に好適なのである.以前は磯でバフンウニの 1 割以下の頻度で見られたものが、今年になって潮間帯でも潮下帯でもやたらに目にするようになった.私はこのちょっと小ぶりのウニが大好きである.バフンウニに少し似ているが、殻高がはっきりと高く、丸みがあって愛らしい.また、バフンウニの見てくれが個体によって様々で色もなんだかすっきりしないのに対して、コシダカウニの外観は端正である.すっきりとした黒っぽい帯が美しく五方向に伸びて、なんだか気高く見える.棘を取り去った殻の模様や色合いも実に美しい.生時に黒っぽく見えるゾーンは実体顕微鏡で観察すると叉棘の端が青い蛍光を発していて、そんな秘められた美にも魅せられるのである.このままこのウニの大発生が続くと、夏の実習の主役はムラサキウニからコシダカウニに変わってしまうかもしれない.

2009年8月12日水曜日

地震があったらしい

 11 日早朝に地震があった.駿河湾を震源とする震度 5 弱の地震で、かなり揺れたと家族から聞いた.幸い器物の落下や建物の倒壊などはなく、人が怪我をするということも周囲では全くなかった.実をいうと、私は地震のあったことさえ気付かずにいた.たまたま 10 日の夜にスウェーデン研究者たちと研究発表をしながら飲み食いを行うセミナーのような飲み会のようなものをやっていた.始めに少し飲み食いをして、舌の回りがよくなったところでそれぞれの研究内容の紹介発表を行った.そのあとはひたすら飲み食いしての懇親会だった.やがて夜も更けてから、海賊のような大男の研究者とほとんど差しでスウェーデンウォッカの飲み比べを始めたのがいけなかった.ほどなくひっくり返ってしまい、そのまま朝を迎えた.地震のあったのは私が正体不明の間で、目が覚めたら辺りが騒がしかった.地震見舞いの電話に、ぼんやりした頭でいくつも受け答えした.スウェーデン大男の相方はさすがに倒れはしなかったが、やはりひどい二日酔いだったらしく、伊豆急が復旧してしばらくしてから、昼過ぎにゆっくりと下田を発ち、関西に向かった.

2009年8月8日土曜日

飼育ウミホタルの初舞台

 昨年9月から継代飼育していたウミホタルが、ついに舞台デビューを果たした.ここしばらく海が荒れていたために、観察会で使うためのウミホタルの採集確保が困難となって、多くのお客さんたちに観察してもらうためにはどうにも数が少なかった.また、採集してから日数を経ていたせいか、どうも発光にも元気がない.そこで、まず密度を多少とも高くするために発光観察用容器を普段よりもふた廻りくらい小さくした.そして、4 つある容器のうち 1 つを私の養育ウミホタル用に当てたのである.大事に愛情を注いで育ててきて世代交替を重ねた『海を知らないウミホタル』たちである.発光実験の際には電気刺激を行うため、正直なところ心が痛んだ.しかし、ウミホタルの畜養は、天然採取に依存しなくても済むようにすることを究極の目標として始めたものなので、このような時こそ出番なのである.思い切って初舞台に立ってもらった.結果をいえば、海を知らないウミホタルたちは他の容器の天然ウミホタルよりも元気に発光した.また、持ち帰ってもとの水槽に戻してからも目立って死んだ様子がない.見事な初舞台だったといえる.今回の経験で、畜養ウミホタルに舞台に立ってもらう為の自信がついたように思う.何度も舞台に立てるタフで立派なウミホタルをこれから育ててみたい.

2009年8月3日月曜日

ヒヤリハットのクルーザー投錨

 『ヒヤリハット運動』という事故回避のためのポスターを見かけた.ヒヤリとした経験やハッとした経験についての情報を集めて、危険回避の事前策に役立てようというものだ.昨日、カジメ定期計測調査のために潜った時に、研究調査のデータ収集に関わるヒヤリハットがあった.我々が、いつも通り 7 人定員の船外機付きボートで、カジメ調査ブロックの設置されている定点に向かったところ、その直上に大型のクルーザーが停泊していた.ふつうは水深のもっと浅い所に停泊するものなのだが、その見慣れないクルーザーは水深 10 m の我々の調査地点付近に無理やり投錨していた.大人が船から海に飛び込んだり、船の周りで子供を浮き輪で遊ばせたりしていたようで、どうも岸から離れたプライベートビーチ代わりのクルーザー停泊のようだった.後部デッキに出ていた人の話を聞くと、50 m 離れたところに錨を打って停泊しているという.私たちの仕事にとりあえずの障りがなければ、楽しみの邪魔をするのも野暮だと思ったので、直下で潜水作業をしているからエンジンをかけないでほしい旨伝えて、私たちは潜水した.ところが潜水して驚いた.船の錨は我々の藻礁ブロックの端に引っ掛かって止まっていた.錨の鎖とロープは移植カジメの群落直上すれすれを海面に向かって伸びている.底質を確認せずに砂底に投じた錨が、引っかかる場所を得ぬままにずるずると引きずられ、ようやくブロックに引っ掛かって止まったらしい.ブロックの上には私たちが 10 年以上にわたってモニタリングを続けてきたカジメたちが生育している.錨が引きずられる方向がわずかに違っていたら、移植カジメたちはひどい有様でなぎ倒されていたはずだ.直ちに浮上して、錨の件を我々のボートの船上に待機して操船してくれていた T 氏に伝え、T 氏からクルーザーの操船者に伝えてもらって、クルーザーの錨を移動してもらった.夏のほんのひと時にレジャーに訪れたクルーザーがきまぐれに投げ込んだ錨で、十余年におよぶこれまでの苦労がすべて水の泡になってはたまらない.しかも、その場合の破壊者は、自分たちの行った行為に気づかずに去ってゆくことになるはずである.それを考えると、全身の血の気が引いてゆく感じがした.本当にヒヤリとした.10 m という調査水深は台風や人為の影響が及びにくいことを想定して設定されたもので、これまでの 10 年以上の間には、こんな事件は一度もなかったのだ.でも、こんなことがいつでも起こりうるのだということに今回ハッと気づいて、現状の危うさを改めて実感した.残る夏の間、沖合の停泊船に注意したい.そして、海底のカジメたちの安全を心から祈りたい.

2009年8月1日土曜日

網戸のアブラゼミ

 夕食後に保育園に通う下の息子にせがまれて、外灯に集まる虫たちを見に出かける.それはお決まりの夏の行事になっていて、風が強かったり雨がひどかったりしなければ、週に 3, 4 回は懐中電灯と虫かごを携えて出かけてゆく.外灯の位置は自宅から歩いて 1, 2 分のところなのでさして苦ではないのだが、夕食後にひと休みする間もなく出かけるのは単純に億劫である.それでも楽しみはある.目当てのカブトムシやクワガタムシが採集できれば、子供だけでなくこちらまで嬉しくなる.毎年出かけていると、多い年には一晩で 3, 4 頭の獲物を捕らえることができることもあった.ところが、今年はさっぱりである.空振りが多く、コクワガタがぱらぱらと捕れる程度で、カブトムシがほとんどいない.それがためにいつもよりいっそう辺りをよく探すためか、今年は土の上や葉の上をのそのそと歩くセミの幼虫を幾度も捕まえた.虫かごに入れて持ち帰り、屋内の網戸につかまらせておくと、朝方には白いセミが抜け殻の近くにじっとつかまっていて、内側に曲がった翅が次第に開きながら伸びてくる.ピンと張った翅が色づいて、しっかりとした一人前のアブラゼミになったら、そっとつまんで昼の屋外に放ってやる.そんなことが何とはなしに、子供達にとってのルーチン行事になった.まあ、こんな年もあって良いのではないかと、思えてきた.

閲覧数ベスト5