2ドア冷蔵庫の冷蔵室の片隅に海水の入った500 ml のフタ付きガラス容器があって、その中に1匹のイソギンチャクが生きている.フタには『2003年6月17日北海道エリモにて採集』と黒マジックで書いてある.この日に採集されてから、冷蔵庫の中で既に 5年以上を過ごしているのだ.このイソギンチャクを採集したのは、我々の研究室の卒業生で、今は大洗水族館でイルカトレーナーをやっている E さんだ.北海道襟裳岬での藻場調査の折りに、藻場付近の磯からカニ類や貝類と共に採集した.それを他の藻場サンプルと共にクール宅急便で下田に送り、研究室で同定や計数を行おうとした.ガラス容器に一緒に入って送られて来た他の生物は、取り出されて標本としての固定処理などがなされた.しかし、イソギンチャクは同定が難しいこともあって最初から検討の対象となっていなかった.瓶底に張り付いて取り出しにくかったこともあって、そのまま放置され、やがて忘れられてしまった.概ね1ヶ月くらいたった頃、他の用事で冷蔵庫の中をさらっている時に、イソギンチャクの瓶は再発見された.中を覗くと触手を開いて元気でいる.びっくりしたが、北海道の水温の中で生きてきたから冷蔵庫の水温でも大丈夫なのだろう、と私も学生も納得し、なんだか面白いので、海水を入れ換えてまたフタをして、冷蔵庫に戻しておいた.小さいために見逃されて中に取り残されていた数匹のタマキビの仲間が、2-3ヶ月は一緒に生きていたので、これらが餌になっていたのかもしれない.再び放置されて数ヶ月が経ち、再発見されたときはイソギンチャクは元気で、小さな巻貝たちは空殻になっていた.そして次の数ヶ月後の発見のとき、イソギンチャクは触手を縮めてまんじゅうのようになり、死んでしまったかに見えた.そこで海水を換えて、今度は冷凍アサリのほんの小さなかけらを入れて、瓶をよく振って、戻しておいた.さすがに気になって、翌日見てみると、すっかり元気になって触手を伸ばしていた.こんなぐあいに、忘れかけた頃に海水を交換して、アサリの小片や無脊椎動物用の液体餌を滴下したりして、だらだらと5年以上が経過してしまったわけである.おおきさが大きくなるわけでもなく、ときどき触手を拡げたり、ときにはギュッと縮こまったりしながら、冷蔵庫の暗闇の中で過ごしているのだ.なんだか、成長とか老化とかそういうものを超越した存在に見えてくることがある.一生懸命に世話をしている気は毛頭ない.でもさすがに、いつまで生きるのか気になってきた.
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