2012年2月5日日曜日

無二の一球

 農学部のキャンパスの近くに中学校があって、校庭でソフトテニス部の生徒たちが練習をしている.夏頃だろうか、近くを通りかかった時に、生徒のひとりの背に「無二の一球」という言葉が見えた.被災地での調査を始めた頃で、どんな調査を行えば最良なのか、幾度となく自問自答していたので、その言葉が忘れられなくなった.現地での調査は時間が限られているので、何もかも行うことはできない.でも、しっかりとあとに残って皆の役に立つようなデータを取らねばならないはずだった.毎回の調査を無二の一球としたかった.もうすぐ1年が経つ.毎月何度も被災地での海中調査に通って来たけれど、私たちの調査は無二のものであったか.そんなふうに振り返ると、反省すべき点は次々に湧いてくる.取り返しのつかないような苛立ちすら、いくつも浮かんでくる.でも、本当の評価は後になってからでないと行うことができないはずだ.私たちにできるのは、いまベストを尽くすことだ.できる限り、ありのままの姿を科学的に刻んでゆくことなのだ.まだまだ、毎度毎度を少しずつ振り返りながら、修正を加えながら、日々が無二の一球となるように、努めるしかない.

2012年1月14日土曜日

歩き方百人百様

 街角のファストフード店の窓際に座って、食後のコーヒーを飲みながら外を眺めていると、外の街路を行き交う人々のいろいろな様態が見える.服の色、髪型、体型、同伴者との位置関係、子供の連れ方、荷物の携行の仕方など、様々に違っている.それぞれが個々の生きて来た履歴から吹き出している性状だと思うと面白い.服飾に関係なく、ヒトとしての本質に最も近い要素であるのに、まさに多種多様なのは歩き方である.上体の傾け方、上下左右への振れ方、下肢の曲げ方と延ばし方、歩幅の大きさや着地の仕方などはそれぞれに少しずつ違っていて、それらの組み合わせのあらゆるパターンが用いられているように思える.どうしてだろうか.皆がより効率のよい歩き方を知っているのであれば、歩き姿はもっと相互に似通ったものになるはずではないか.競歩というスポーツがあって、歩くスピードを競うのであれば、効率よく前に進む技術は研究が尽くされているはずだ.それなら、歩き方というものは、なぜほとんど教育されないのだろうか.それとも、近年は教育されているのに私が知らないだけなのか.水泳教室は広く普及していて、老若男女が通って効率の良い泳法を学ぶ.前方遠くからつかんだ水を、しっかりとかいて後ろに運び、手を戻す時には抵抗の少ないようにするなど、そんな諸々を実技で学び取る.でも、そこで学んだことはめったに日常で使うものではない.実用として役立つのは、普通の人には海水浴の時くらいだろう.それに比べると、歩くことは日常に必須である.なんとなくできているように思えることこそ、本当はおろそかになりがちなのだ.教育課程の中で、しっかり教えてみたら良いのではないだろうか.

2011年9月21日水曜日

ヤマボウシがここにも

 トチノキに興味を持ったのがきっかけで、木の名前を調べ始めた.ずいぶん前に買って「積んどく書籍」になっていた「落葉図鑑」が活躍しはじめた.南三陸町へ向かって三陸道を往復し始めた頃だから 6 月半ば頃のこと.調査用の公用車であるダットサントラックの助手席で、高速道路の脇を埋める緑の木々を目で追って楽しんでいた.なかにひと際に目立つ不思議な木があった.適度に高木なのだけれど、樹形としてはなんだかてっぺんの方が平たくて、その平らかに空に開けたところに、まるで白いハンカチをまき散らしたように見えるのだ.緑のこんもりとした木の平らなてっぺんが、遠目には雪をかぶったように白く見える.それが道路際から見渡せる山のあちらこちらにポツンポツンと見えたので、とても気になった.でも、周りの人々は海の研究者.尋ねてみても正体は不明だった.たしか、南三陸町まで 5 往復もした頃のこと.私が復路のダットサンを運転して調査から戻って来て、農学部正門をくぐろうとした時に、自動車用ゲートのバーが上がるのを目で追っていて、ひょいと上を見て驚いた.なんと、あの白いハンカチを頭にまとった大きな木が、守衛所のすぐ近くに 1 本見えたのだ.調査用具を車から降ろし、ダットサンを所定の位置に戻し、さらに事務関係の諸手続きを終えたあと、すぐに木のところに取って返した.そして、目当ての木から、虫食いのない中くらいの大きさの葉を そっと1 枚頂いた.葉の側脈はみんなぐるっと葉縁に平行な感じに内側を巡って先端方向に向けて集まっていた.葉の外形は丸みを帯びて小振りだが、末端だけはキュッと尖って、なんだか見分けが容易そうに思えた.図鑑内をパラパラと探索し始めて間もなく、樹種が判明した.「ヤマボウシ」だった.「あれ、どこかで聞いた名前だな」と思って、しばらく経って思い出した.女房が一昨年の秋、将来シンボルツリーになるようにと家の前に植えた木だった.ひょろっとして、パラパラと枝を天に向けた若木は、あの山々の木々とは同じものに見えなかった.でも、帰宅して玄関脇の木を見上げてみると、なんとここにも白い花が、まだ疎らだけれども咲いていた.

2011年9月13日火曜日

定禅寺ジャズフェスでのハーモニカ

仙台駅 3 階で演奏中の吉田ユーシンさん
 10 日土曜日の午後のこと、デスクワークに飽いて、ひとりで定禅寺ジャズフェスティバルの会場へと出かけた.いろいろな締め切りに追われているので、とてもフラフラゆったりとは過ごせない状況だったが、どうしても聴きたい演奏がひとつだけあった.吉田ユーシンさんのハーモニカライブだ.吉田ユーシンさんはブルースハープを吹く人なら知らぬ人はない名プレーヤーである.『アタラクシア』という CD も出ているし、凄まじいまでに詳細にブルースハープの扱い方と演奏の仕方を述べた教則本も出している.でも、私自身はこれまでライブ演奏を直接聞いたことがなかった.ライブの行われたのは不思議な場所だった.仙台駅の 3 階フロアが 2 階に向かってせり出しているバルコニーのようなところがステージで、観客はここからの演奏を 2 階フロアで仰ぎ見ながら聴く.演奏者は下に向かって乗り出さないと観客が見えないし、観客は首の角度を固定したままで 50 分ばかりの時間を過ごす.双方ともに妙な具合に辛い案配だった.仕方なし.演奏は伴奏無しやら CD 伴奏付きやらといろいろだったが、後半に向かってだんだんに盛り上がって行く感じだった.でも、観客の居る場所は駅構内ということもあって、事情の分かっていない旅行者や通勤客が行き交うなか、聴衆だけが頭を上に向けている状態は、傍から見ると奇妙だったに違いない.曲目は トレインサウンドに始まり、「アメージング・グレースを演ったかな?はっきり順番を覚えていないので、間違っているかもしれないが、イン・ア・センチメンタルムードジョージア・オン・マイ・マインドサマータイムと朝日のあたる家メドレーが続いたと思う.14 時 46 分には今年の定禅寺ジャズフェスに特別な約束事である鎮魂の A 音を鳴らした.1 分間吹き続けるのはさすがに苦しいようで、ベンドがかかったり、コードっぽくなったりした.A 音は駅前の他の会場からも聞こえて来た.近くに居た人が「いつまで音合わせやってんのかなあ」と仲間と話していたのが、可笑しかった.鎮魂黙祷のあとの残り時間は、枯れ葉の演奏だった.ブルースハープばかりでなくクロマチックも登場していたと思う.演奏が盛り上がって来て、もっと聴きたいなあ、と思った頃に、ライブは終了した.駅から歩いて大学のオフィスに戻り、仕事を続けた.疲れよりも心身ともにリフレッシュした感が勝り、仕事がはかどった.

2011年9月11日日曜日

仙台中央郵便局へ夜走る

 本日午後 7 時から 30 分の間に、農学部キャンパスから仙台駅近くの仙台中央郵便局まで自転車で疾走し、往復して来た.日曜日の夜の仙台市内を自転車でビュンビュン走った理由は次の通りである.高知大学教育学部で 17 日から日本プランクトン学会と日本ベントス学会の合同大会が開催される.この学会の口頭発表では、発表用のパワーポイントファイルを事前に CD-ROM に焼いて提出しなければならない.その締め切りが明日だったのである.なんとか速達で投函するために、大慌てで出かけたのだ.日曜夜に郵便を受付けてもらうためには、ゆうゆう窓口でなければならない.農学部のキャンパスからだと仙台中央郵便局と仙台東郵便局がリーチの範囲にあるのだが、前者の方がやや近い.パワポファイルの制作に一日を費やし、夕方になって漸くなんとかでき上がったので、自転車を走らせた.東二番丁通りをひたすらに南下して、定禅寺通、広瀬通を横切り、青葉通りでは自転車ごと地下道をくぐって渡り、目的地に達した.そして大学のオフィスに戻って来た.途中あちらこちらから演奏が聞こえて来た.屋台もまだまだ営業していた.今日は定禅寺ジャズフェスの 2 日目、すなわち最終日で、午後 9 時終了のため、最後の盛り上がりのエネルギーが、道路のところどころにはみ出していた.来年は私もあの雑踏のなか、音楽を楽しみながら、そぞろ歩きたいものだな.帰りに農学部正門前の SEIYU に寄って『レジで 20 % 引き』の弁当を買ってオフィスに戻り、遅めの夕食とした.

2011年8月31日水曜日

テレビ無くラジオにはまる

 仙台宅にはテレビがない.下田暮らしの時代にはテレビ依存度が結構高かったので、当初はなんだか画像の情報に飢えたような感じだったのだが、じきに慣れてしまった.テレビに取って替わったのはラジオだが、ほとんど NHK しか聞かない.NHK 第1が主で、こちらがスポーツ中継や国会中継なぞをやっている時には NHK FM である.下田に居た時は電波状況が悪くて、とくに中波はほとんどまともに入らなかったので、いま都会のラジオ放送を満喫している.もっとも、聞きたい番組をリアルタイムで聞くほどの余裕はないので、当初は朝の情報番組と夜のニュース関連番組を聞くことが主体だった.ところが、在宅時に始終つけているうちにいろいろな発見があった.NHK 第1というのはニュース主体の放送かと思っていたら、なかなかに素敵なコンテンツがあることが分かって来た.お年寄りのための番組だと思っていたラジオ深夜便は、じつは魅力的なトークや情報に満ちている.落語をやっている時もある.真剣に聞きはじめると、眠れなくなってしまう.よく考えると、これは、じつは私がお年寄りに近づいたという証左だろうか?日曜の朝は、名作の要約朗読である文学のしずく、なぎら健壱のフォークに関するトークから、音に会いたいという過去の環境音再現番組、そして、落合恵子の絵本の時間へと、耳の離せない状態が続く.いやはやラジオは、侮れない.
 上方演芸会真打ち競演は漫才や漫談や落語などのお笑いをライブ録音で楽しめるものだ.やはりこれらの番組にも全く縁がなかったのだが、筑波大での月曜の授業のために日曜日の夕方に下田を発って、東京駅から高速バスで筑波に向かう途中、聞いていた携帯ラジオで真打ち競演という番組の存在を知って、それを聞くのが楽しみになった.バスで文字を読むと忽ちにして気分が悪くなる私は、行き来の高速バスではいつもラジオを聞いていたのだ.番組の開始と終了の時刻がちょうど高速バスに乗車している時間内に収まっていたのも幸いした.
 そして、ズッポリとはまってしまったのが、ラジオドラマである.存在すら知らなかったのだが、書籍とテレビドラマの中間をゆく世界である.聞いていると、なんだかイメージの世界がふわっと眼前に広がってゆく.お笑い番組もほとんどのドラマも土日に集中していることに気がついた.しかし、土日のその時刻には在宅しないことが多い.そこで、ラジオ録音できるボイスレコーダー SANYO ICR-RS110M を購入した.操作性からみると、とても今のスマートフォン時代に販売している製品とは思えないような武骨かつ時代がかった物体なのだけれど、道具としては本当に便利で機能も優れている.メインのボイスレコーダー部分は持ち運びできる大きさである一方でスピーカー音量が小さいのだが、スピーカーアンプつきでアンテナにもつながっていてエネループ電池の充電ができるクレードルに座らせれば、文句無しの音量が出るし、安定した電波状態での録音もできる.MP3 ファイルとしてパソコンに取り込んで整理することだって、容易にできる.もう日常生活に手放せない状態になった.土曜朝のラジオ文芸館はとても楽しみで、このドラマっぽい朗読がきっかけで、読書に誘われたりしている.土曜の夜のしっかり楽しめるドラマは FM シアターである.これを聞きはじめると仕事が手に着かなくなってヤバいので、これを聞く楽しみを仕事を終えるための餌にしたりする.新日曜名作座はほとんど魔法の世界だ.とても2人の俳優だけで演じているとは思えない.しかもあらゆるジャンルの物語から毎週何かしら放送しているのである.森繁久彌と加藤道子がやっていた番組を 2008 年から西田敏行と竹下恵子が引き継いだということで、4年目だということになる.前作のように半世紀も続く番組となることを祈りたい.週末の他に週日の月曜日から金曜日の夜に 15 分ずつ放送されている少々ヤング向けのドラマもある.青春アドベンチャーだ.たいていは 5 回がユニットの続きものであるため、続きが翌日に持ち越されるときの、あの連続ドラマのイライラ感を楽しむことができる.大好きなアレックス・シアラーの物語が放送されていたのを知ったのがきっかけで、この連続ものも聞くようになった.
 さて、明日は NHK ラジオの革命の日である.NHK ラジオのインターネットストリーミング放送が開始されるのだ.震災後しばらくの間、やはりストリーミングで聞くことができて、引越時期に電波の入りにくい下田で放送を楽しむことができて本当に幸せだった.震災関連の東北の情報を聞いたり、一般放送を楽しんだりして、ずいぶんと強力な心の支えになっていた.しかし、震災後の安否連絡情報の行き交いが少なくなる頃に休止となってしまっていたのだ.あの、休止を知った日にはがっかりしたので、本格的にインターネットで聞けるようになる日が来て、本当に嬉しい!NHK ネットラジオの名前は らじる★らじるで、ヘンテコな赤犬キャラも登場している.明日の午前 11 時から、ここで聞けるようになるらしい.http://www3.nhk.or.jp/netradio/ 楽しみである.

2011年8月19日金曜日

トチノキに癒される

 東北大学農学部の雨宮キャンパス内は緑が濃い.巨木から小さな灌木まで、なんだかやたらにいろいろな樹種がある.すっかり調べ上げるのは難しそうだ.なかで、分かりやすいのはトチノキだ.それでも、最初はホオノキだと思っていた.栃木県出身の院生 M 君が「あれはホオではありません.栃木県のトチです」とアピールしたので、樹木図鑑を調べた.そして、正しい主張であることが分かった.名前がなんであれ、私はこの樹にずいぶんと癒されている.わが研究棟の2階にはベランダ状通路がある.そこの手すりに寄りかかって南側を眺めると、向こう側の研究棟に沿うようにドーンとそびえるそのトチノキがある.
 垂れ下がった手のひらのような緑葉がきれいに並んでいる.葉の垂れ具合は、むく犬の垂れ耳のようだ.ぼんやり眺めているだけで、疲れ目がほぐれ、慌ただしさに揉まれる心が軽くなる.樹名を教えてくれた M 君によれば、秋を過ぎるとこの濃く茂った葉どもがことごとく落下して、樹の枝だけになるという.なんとも潔いことだ.ちょっと調べてみたところ、手のひらのように広がった葉のかたまりは掌状複葉というひとつの葉で、落葉の時には葉柄ごとポロッと落ちるらしい.葉の落ちたトチノキの樹容もきっと見事なものだろう.楽しみだ.M 君はきょう、公務員試験の合格が決まった.このトチノキの緑は彼にとって、このキャンパスで最後のものになるのだな.おめでとう.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・

閲覧数ベスト5