2011年3月21日月曜日
最終回の脱稿
昨年 4 月からの 1 年間、静岡新聞の連載『静岡海描』の下段にある研究者コメントコラムのおおよそ 200 文字をほぼ毎週書き続けてきた.月曜日掲載だったのだが、素敵な水中カラー写真が顔の連載だったので、紙面がモノクロの時は休載となった.だから、『ほぼ』毎週である.先週末に、ついに最終回を脱稿した.ひと安心した.生物カメラマンの阿部秀樹氏は毎週写真を提供して私より遥かに分量の多い原稿を書き続けてこられた.いつもどこかしらに取材旅行に出かけておられる身で、よくぞ続けてこられるものだと感心しながら、私はその尻尾にしがみついてきた.最終回は海を漂う幼生の話で、海原にぽつんと漂うある底生生物の幼生が写っていた.こいつもやがて脱皮して変身して大人になるのだな、と思いながら原稿を書いた.大きな災害で人も物も大きなダメージを受けて、途方にくれているこの国も、人々が力を合わせて見事に脱皮して、そして前にも増して立派な体となって歩んでゆけるとよい.一日も早くそうなることを心から祈りながら、今できる支援を少しずつでも続けてゆきたい.
2011年3月19日土曜日
カナダからの電話
南三陸町志津川で毎年春にお世話になっている T 家の消息が知りたくて、震災直後から安否情報を集めていた.テレビ番組で T 家のご主人の声を聞いた気がしたので、その旨もメモして Google Person Finder に消息を知りたい旨登録して携帯連絡先を書き込んでおいた.するとしばらくして、留学中の T 家の娘さんがカナダから私の携帯に連絡を入れてきた.Finder を見たのでテレビ番組を自分も見てみたいということだった.その後まもなく、テレビ番組で出てきた場所に避難していることが確認できたらしい.ネット情報網のものすごい力を見た気がした.その後も Finder を通じて、多くの人々の安否確認ができた.でも、まだまだ直接話をするには至っていない.志津川の皆さんのご無事な声が聞きたい.今はただ祈るのみである.
2011年2月13日日曜日
本の背が声をかける
私は本屋に入って手ぶらで出て来ることがほとんどないうえに、本を捨てることも滅多にない.研究関連の本はとくに発行部数が少なく、古書店で安くなることもなかなか期待できない.書店に姿のあるうちにとりあえず捕まえておく.だから溜まる一方だ.決して読書速度が速いわけではないので、未読本が積み重なってゆく.積ん読が加速してゆく.いずれもとっても読みたい本たちなのだが、容易に順番が回ってこないうちに、ずいぶんと変色したり、本棚の奥の湿ったところなんぞにあるとカビが生えたりゴキブリの糞攻撃に曝されたりする.でも、仕事合間や家でごろっと転がった時なぞに、なんだか本の背に呼ばれるように思うことがある.いまこのタイミングで私を手に取りなさいと、声をかけられる.そんな時は、ふと手に取ったものが、その瞬間にとても必要な情報をたっぷりジューシーに含んでいて、私の中の読書畑の乾きを潤してくれる.なんとなく、ゾロゾロと本の背が始終目に触れていることがとっても大事な気がする.何もかも電子書籍に変わってしまったら、本の背との密やかな会話もなくなってしまいそうだ.何もかもが実体のないあぶくの様なものに変わってゆく世界には、容易についていけそうにない.
2011年1月6日木曜日
尾頭付き高級魚
正月の食卓には、おせち料理の他に尾頭付きの高級魚がずらっとならんだ.ひとり 2 匹ずつである.高級魚といっても天然鯛なんぞではない.シシャモ(柳葉魚)である.焼きすぎて尻尾が焦げてしまったけれど、正真正銘の本物だ.実家の母が年末に築地に出かけて箱買いしてきた.そこから我が家族分割り当てをご相伴に預かった.本物のシシャモは北海道での漁獲量が少ないため、巷に出まわっている「シシャモ」や「子持ちシシャモ」のほとんどは日本より北域で多く漁獲されるカラフトシシャモ等になっている.カラフトシシャモはシシャモと同じキュウリウオ科でも色や形がずいぶん違う.本物のシシャモよりも鱗が小さくて白っぽく、干物は痩せっぽちな感じがする.でも、カラフトシシャモの方が多く出まわっていて「シシャモ=代理シシャモ」とイメージが固定されているせいか、「本物のシシャモ」の方が本物に見えない.本物は色合いも豊かで鱗が大きく体もがっちりした感じである.味は本物シシャモの方が格段に良いと思う.カラフトシシャモで感じる水っぽさというか過剰な感じの淡白さがなく、口に入れて太くてしっかりしているうえ、身が詰まって味が濃い.とても充実感のある味のおかげで酒が進んだので、もっと食べたかったが、魚好きの子供たちの見張りの目も光る配給制度は厳しく、続きは来年になりそうである.
2011年1月5日水曜日
前に言ったことを繰り返す
加齢に伴って、同じことを何遍も言うようになる.本人は同じ相手に同じことを繰り返し言っていることに全く気がついていない.自分も結構年を重ねてきてこのことはよく知っているから、人と話をする時にはできるだけ慎重を期すようにしている.酔っぱらった時にだって注意しているつもりである.文章を書く時にも同様である.ところが、やっぱりダメなのだ.昨日、発電と送電のくだりを書いている時に、なんだかデジャブーのようなものを感じたので、ブログ内検索をしてみたところ、この話を 2008 年 10 月にもしていて、その延長で 2009 年の年初の話題にもしていることに気がついた.まあ仕方がないから自分を赦しておくとして、嫌だったのは、やはりこの時も『送電過多で自分は薄っぺらくなりかかっている』と嘆いていることである.それ以来状況が改善されていないということなのか.トホホである.積ん読が主体となっている本たちをせっせと読みたいし、ネット上に溢れている新着論文ももれなく拾い上げたい.論文も書きたいしハーモニカも吹きたい.たっぷりと充電したいのだ.でも、いつもいつも制限要因となるのは時間である.ウナギのような私の時間を、ゴム手袋でもしてしっかりと捕まえておきたい年の初めである.
2011年1月4日火曜日
科学読物研究会
![]() |
| 科学の本って面白い 第6集 2003-2009年 連合出版 (2010 年) 1,575 円 |
2011年1月3日月曜日
略称につき
正月に子供たちとテレビを眺めていたら、ダイハツの新型 Move の CM で『低燃費』を『TNP』と略称していたので、嬉しくなった.略称イニシャルを考える時にしばしば英訳してからそのイニシャルを使うが、別に日本語のままだっていいじゃないかと思っていたからである.私のビジネスダイアリーや PC 上のスケジュール表には、『KSJ』が頻出する.これは『海洋自然塾』である.他の誰も使っていないと思うが、私自身は他の略称を考え得ないくらい、もうかなり昔から使っている.そんなわけで、TNP には励まされる思いがした.それでもう少し思考の跳躍を試みた.そうか、よく考えれば日本放送協会が NHK だし経団連は KDR だ.松竹歌劇団は SKD だったし日本水産学会の和文誌の英名は NipponSuisanGakkaishi である.コレデイイノダ.そんなわけで、素敵な日本語略称イニシャルがもっともっと繁茂したら良いんじゃないかと、年初にぼんやり考えた.
登録:
投稿 (Atom)
閲覧数ベスト5
-
ナマコの不思議な食事風景を見た.自宅の玄関に、いろいろな生き物を入れては眺めている小型の水槽があって、今はその中に大きさ 20 cm くらいのマナマコが入っている.食用に貰ったのだが、すぐには食べなかったので水槽に入れたまま、ペットになってしまったものだ.眺めていると、赤みを帯...
-
ワレカラ絵本は予想外に売れ行き好調だ.茨城県自然博物館で販売中の分も在庫を尽きそうだということで、お盆前に在庫補充の予定である.口コミで買って頂いている分もずいぶん出ている.自然好きの知人への帰郷時などのお土産にとお菓子代わりにドドンと買ってくれるような人もあり、嬉しい.一方...
-
下田はワカメとヒジキのタイプ産地である.黒船来航の折りにワカメもヒジキも下田周辺の生物調査で採集して持ち帰られ、下田の標本をもとに学名がつけられたのである.つまるところ、全てのワカメとヒジキの代表格が下田産のものであり、下田こそワカメとヒジキの故郷であるということになる.この事...
-
日本列島の上に巨大な寒冷前線が横たわり、本州の上をなめるように通過していった.午前中は曇天で暖気の中にあって奇妙なくらい暖かだったが、午後にはいきなり強風が吹き始め、雷とともに短時間猛烈な雨が降った.そして急に冷え込み始めた.何だか教科書的な寒冷前線の訪問だった.何も知らずに...
-
昨年下田市外浦におけるアマモ除去が行なわれてから、まる 1 年が経過した.海水浴の適地として有名なこの砂浜海岸では、10 年前からいきなり生息域を拡大して繁茂したアマモを水産学的に重要と考えて保全するか、観光を重視して海水浴客のために取り除くかというところが論点となり、成り行...
