2009年9月24日木曜日
別刷りの献辞
東京海洋大学で開催された国際甲殻類学会の東京大会はたいそうな熱気に包まれていた.世界各国から集まった研究者たちが其処此処で固まりあって話し合う姿が見られ,私たちもそんな輪の中に入って楽しい時を過ごした.研究材料を同じくするいわば同好の士が集うと話も尽きない.関連分野の研究のレベルを客観的に知ることができたり,国内外の人の考え方を学ぶことができたり,いろいろな意味に於いて,研究に対してのモチベーションを高めるのには良い機会となった.そんな会場の片隅に『別刷りの持ち寄りコーナー』というのが設けられていた.不要な論文別刷りを互いに持ち寄って一所にまとめて陳列し,空き時間に眺めて,気に入ったものがあったら,厚さに関わらず 1 部 100 円で買い取ることができる.収入は大会運営に活かされる.そこで,思わぬ拾い物があった.仕事柄,ヨコエビ類やワレカラ類に関する論文を漁っていたのだが,10 部ばかり購入してから休憩室でよく見たところ,献辞の付いたものがあった.献辞というのは,論文を出版してその別刷りを関連分野の研究者に送る際に,別刷りの上部に記す表書きである.日本では『謹呈***様』と書くが,英語の場合,相手の名前を先に書いて,『With the compliments of ***』などと,一言添えたりする.私の買った北欧産ワレカラの記載論文の別刷りに付いていた献辞は,デンマークの K. Stephensen からアメリカの W. L. Schmitt に 1931 年に送られたことを示すものだった.『Dr. Waldo L. Schmitt, with kind regards from K. St.』と記されていた.これは,間違いなく K. Stephensen による直筆であろう.ヨコエビやワレカラの新種記載を数多く行ってきた著名な研究者の直筆サインを入手できたのだから,ジャズジャイアントであるソニー・ロリンズのサインをもらったのよりも嬉しいくらいだ.宛先である W.L.Schmitt は十脚甲殻類の研究者で,1965 年にミシガン大学出版から一般向けに出版された "Crustaceans" という本の著者でもある.デンマークの端脚類研究者からアメリカの十脚類研究者に,どんな思いが込められて論文が送られたのだろうか.2人の間には常からはどんなやり取りがあったのだろうか.どんな経路でこの別刷りはこうして私のもとにやって来たのだろうか.献辞を見ていると,想像が膨らむ.この学会では眼に見えぬ多くの宝物を得ることができたと感じていたが,この別刷りは今回の学会で得た唯一有形の宝物である.
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