2008年11月30日日曜日

あをきのひもの

 熱海の駅前に『あをきのひもの』という大きな看板がある.気になってネットで調べてみたところ、有名な干物屋さんらしい.経営者の方の名字は青木である.『あおき』でなくて『あをき』なのが不思議だが、歴史的な由来もあるのかもしれないし洒落ていると考えてのことかもしれない.私も青木で、日本ではかなりありふれた名字だが、これをローマ字化するとかなりのくせ者になる.『AOKI』は頭から母音が2文字続くために、外国人になかなか上手に発音してもらえない.海外のホテルのフロントでは必ず名前を聞き返される.たいてい「エイオキ?」または「エイオカイ?」と聞かれ、オーストラリアやニュージーランドでは「アイオカイ?」である.「エイオーケーイ?」と読む人もいて、これだと『万事オーケーだいじょうぶ!』というとても良い意味になるそうだ.きちんと日本語と同じように発音してもらいたい場合『AHWOKHI』とでもするしかなさそうだ.ちなみに私の名の方の『まさかず』に近い英語の単語は『MASSACRES』で、『大量虐殺』という意味の語の複数形である.英語論文を書く際の名前のローマ字化にはいろいろな人たちが苦労されているようで、『ゆういち』を『EUICHI』としている友人がいる.また、『けんいち』や『しんいち』が『KEN-ICHI』とか『SHIN-ICHI』とされている場合もある.外国語への名前の変換は、文字のうえでも意味のうえでも、なかなかに難しいものである.

2008年11月29日土曜日

エチゼンクラゲは?

 ここ数年日本海の漁業を脅かし続けてきたエチゼンクラゲが今年の秋は全く確認されていないそうだ.日本に漂流してくるクラゲたちの発生地と考えられている中国や韓国でも目撃数が少ないらしい.今年こそ『京の丹後屋』のエチゼンクラゲアイスを食べてみたいと思っていたのだが、値上げはしないだろうかとちょっと心配だ.もっとも、昨年までの在庫量はいやというほどあるはずだから、心配には及ばないのかもしれない.冗談はさておき、このまま大量発生がなければ漁業者たちは安心して漁ができるだろう.しかし、大発生の原因解明がないままには本当の安心はできない.発生地の沿岸海洋の富栄養化に原因があるなら、経済環境の変化が関わっている可能性もある.オリンピックが終わったせいなのか、世界的な不況のせいなのかとも勘ぐりたくなる.あるいは地球温暖化のせいだろうか、でもそれならなぜ今年はやって来ないのだろうかとも考えてしまう.それとも、アジやイワシなどの魚種交替のような大きなサイクルの周期的現象なのだろうか?経済か?環境か?自然のサイクルか?原因が何にしても、きちんと訪れる季節の顕れが予定通り訪れないような世界、何が平常で何が異常なのかを判別できないような自然環境こそ恐ろしい.何かのはずみで稀に生き物の大量発生があってもそれはそれでちょっとした自然のアクセントだとも思えるが、できることなら予測可能な四季の移ろいを末永く楽しみたいものである.

2008年11月28日金曜日

絵本:かさ

 子供に読み聞かせをしようと思っても『読む』ことのできない絵本がある.文字のない絵本、絵が語る本である.太田大八の『かさ』にも文字がない.ひとりの小さな女の子が自宅から駅まで傘をさして父親を迎えに行く様子が描かれているのだが、絵の中では女の子のもつ傘だけが赤で、他のシーンは全て黒一色だ.女の子は父親の黒い傘をしっかりと手に持って自分の赤い傘をさして歩いてゆく.女の子が商店街や交差点や鉄道の陸橋を移動してゆく様子が近景になったり遠景になったりしながら淡々と描かれてゆくのだが、絵本を見る者は赤い傘の居場所を眼で追いながら、女の子のいる場所の情景を自分も体験してゆくような気持ちになる.子供と見ている時には、途中で出会う人や物、道沿いの店々などについて、親からも子供からも思わず知らずにあれこれと言葉が出てくる.まるでいっしょに風景の中を歩いてゆくような不思議な気持ちになるのだ.赤い傘は女の子の不安感と緊張感に点灯する信号のようにも見える.駅に到着して無事に父親を迎えて黒い傘を手渡すと、帰り道は赤い傘が閉じられて父親の黒い傘が開く.赤信号が消灯して安心感に包まれたような心持ちになる.『かさ』は赤という色がその力を思いきり発揮した、魔法のような絵本である.

2008年11月27日木曜日

iKnow! にはまる

 SNS (ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によって自分のつくった音楽の売り込みを続けてファンを増やし、やがてライブを開いてメジャーデビューを果たすことができたという、そんなミュージシャンの話が数日前の新聞に載っていた.SNS によって繋がってゆく人々の輪というのは、心ときめくものがあって素晴らしいと思う.でも、そんな話を聞くばかりで SNS に触れるきっかけのなかった私が、SNS 英語講座の iKnow! に、はまってしまった.3 週間ばかり前の新聞の土曜版に載っていたので気になっていたのだが、掲載誌の行方を見失ったためにアクセスの仕方が分からなくなっていた.その後、出張から戻って新聞のまとめ読みをしている時に再発見して Yahoo! の ID でアクセスしてみた.何しろ無料なのだ.さして期待していなかったのだが、これがとんでもなくよくできたソフトで、ものすごく面白い.隙間時間に少しずついじれるし、飽きさせないしくみが楽しくて仕方ないのだ.カレンダーを示してその日に勉強しなければならない量を教えてくれるし、学習の進捗状況をグラフで見ることができる.現在のスキルや学習済みの語彙の量は大きな数字で表される.次々に出される問題を制限時間内に答えられそうにない時には、ヒントを出してもらって解決もできる.つまづいた問題については出現頻度が高くなって眼に触れる機会を増やしてくれる.今日できた問題でも忘れることがあるかもしれない.そのあたりも考えられていて、学習内容は少しずつ後日再出するようになっている.そのあたりのさじ加減が心憎いのだ.語彙増加のトレーニングと併せて聞き取りテストのディクテーションをやってゆくと、相互に文章が共通していて復習にもなるようにできている.ひたすらいじるうちに英語が脳味噌に忍び込んでくる感じがする.それに、SNS の特徴をフルに活かして、ネットで繋がった他の学習者の学習進度や成績ランキングを見ることもできる.フレンドの登録をしておくと、仲間同士で励ましあったり競争しながら学習を進めることもできる.まことに、至れり尽くせりの学習ソフトだ.こんなソフトを無料で利用できるとは、本当にありがたい.NHK のラジオ基礎英語から始まって艱難辛苦を乗り越えて、なおかつ英語に不自由を強いられている我が身としては、なぜもっとこの世に早く現れてくれなかったのかと嘆きたくなってしまう iKnow! なのである.

2008年11月26日水曜日

巨大!

 今年も稲生沢保育園の作品展を見てきた.子供たちの作ったリースや飾りや絵や焼き物など多種多様な作品が所狭しと、でも整然と並んでいる.貝殻のろうそくや絵を染めたバッグは今年の新作のようだ.浜辺の打ち上げゴミを使った作品も浜辺の様子を再現した展示になっていて、新しかった.今は小学校高学年になった上の子の時から数えると、私の作品展通いもこれで 7 回目なので、少しは目利き(?)になっているのだ.何だか天井を突き抜けて羽ばたいているような、まぶしいような子供たちの感性に触れるのが、年末近い毎年この時期の心の洗濯になっている.素敵な作品群の展示スペースを抜けると、パイプオルガンのホールに出る.このホールには、子供たちがグループ毎にテーマを決めて作った作品の展示がある.すごいのはそれら作品群の途方もない大きさだ.毎年いろいろな発想での展示があって、今年はキャンプファイヤーの山小屋や雪遊びの情景、運動会のフィールドと万国旗、磯あそびの潮溜まりなど、1年間の体験をもとにしたものが多かった.いずれも大きな展示だ.山小屋は大人でも戸を開けて入れるし、雪だるまは実物大だし、運動会のトラックは子供たちが走ることもできる.潮溜まりも実物の大きさで、水がない代わりに糸で吊るされた数えきれないほどたくさんの魚たちがキラキラと泳いでいた.いろいろな展示の中でも群を抜いて大きかったのが昆虫と恐竜だ.3-4 m もありそうなオオクワガタとカブトムシ、巨木には大人の身長ほどの蝉がとまっている.そのセミをつかまえようとする巨大な子供の人形は網を構えて立っている(写真左、背景に巨大なセミが見える).一方、ほとんど実物大のティラノサウルスは歯を剥き出してとらえたディノニクスをくわえている(写真右上).それをホールのはるか上の方から吊り下げられた巨大な黄色の翼竜が上から襲おうとしているのだ(写真右下).なんて途方もない大きさだろう!これらを作る子供たちはあらゆる抑制から解き放たれて、自由に工作できるのだ.そして、展覧会の会期が終わったら、これらを思いっきり壊す楽しみもあるのだという.つくづく子供たちが羨ましくなった.思わず近くにいた M 先生に「私もこんな保育園に行ってみたかったなあ!」と嘆息したら、「どうぞ、いつでも遊びに来て下さい」と返された.私は『こんな保育園での幼少期を経験したあとで成人した私を見てみたかった』と言いたかったのだが.考えてみれば、我が家の子たちはいずれもこの保育園での生活をたっぷりと体験している.うちの子供たちの成長の様子をこれからじっくりと観察して『稲生沢効果』を調査してみたいと思う.


2008年11月25日火曜日

恵比須島の中潮の磯にて

 須崎の恵比須島に朝から出かけた.平日磯観察会ということで、海洋自然塾の中で旅館業などを営んでいて休日に磯観察会に参加できない人のスキルアップのつもりで資料を準備して出かけた.しかし、現場に着いてみると、予想はしていたものの哀れなコンディションだった.雨は上がって天候は良くなりつつあったものの晩秋の中潮で潮は引かず、風がびゅんびゅん吹いて高波が岩場に押し寄せる状況で、なんとか観察会ができそうな磯は辛うじて海面から露出している西側の 5−6 坪しかなさそうな場所のみだった.しかも、そこでさえ高潮位であるためにめぼしい動物も海藻も目につかない状態だったのだ.塾長の K 氏との下見の段階では中止も考えたのだが、下見を終えて集合時間をちょっと過ぎた頃に集合場所に戻ってみると、10 名以上の参加者の方々が既に集っていた.何だか引っ込みがつかない状況になってしまったので、いずれにしても当初予定をいくばくかでも果たそうと K 氏と腹をくくった.私にとっては、今回の参加者の半数が地元須崎の民宿の経営者の方々であったことも腰の引けてしまった理由のひとつだった.準備してきたスキルアップ的な内容と民宿の方々の希望とがうまく噛み合ないだろうと思ったからだ.ところが、実際に観察会をやってみたら、心配は全くの杞憂だった.須崎にやってくる修学旅行などの教育旅行の折りに子供たちを磯に放つだけでは何も意味がないから、少しでも磯の生物についての蘊蓄を語れるように学びたいという民宿の方々は、高齢の方もあったけれどみなとても柔らかな感性をお持ちだった.こちらの生き物話もよく聞いて下さったし、須崎でのそれらの生き物の呼称や料理法、美味な時期や不味な時期などいろいろなことを話して下さった.それらの情報のやり取りが滑らかで、温かで、とても心地良かった.皆さんが狭い磯からいろいろな生き物を一生懸命見つけてきて下さったことも心に沁みて嬉しかった.通り一遍の生き物の知識の一方通行の伝達だけではなくて、地元の人々の生活のなかにある生き物のあり様を私たちももっと学んで、それらも含めた大きな生き物のイメージを、もっと広い視野から伝えられるように努めなければいけないと、そんなふうに学んだ磯の観察会となった.

2008年11月24日月曜日

写真館の生存戦略

 勤労感謝の日をはさむ 3 連休の初日から 2 日は七五三関連行事で費やした.そして 3 日目の今日は溜まり仕事やら磯観察会の準備やらで過ごしている.天気が私の都合に合わせてくれているようなのが、嬉しい.七五三では、 7 歳娘と 5 歳息子の着付け→写真撮影→宮参り→着替えて一休み→夕食会、というおそらく一般的な段取りで行事を進めた.写真撮影は写真館で行ったのだが、東京から来ていた老父母に珍しがられた.東京近郊では、昔から続いていた写真館の閉館が相次いでいるという.言われてみれば、下田には町の大きさの割にずいぶんたくさんの写真館があるように思う.地元に密着して、いろいろなサービスを行っているからだろうか.今回我が家で利用した写真館もずいぶんといろいろな工夫をしているようで、面白かった.デジカメ一眼レフとスタジオ撮影とパソコンでの画像編集という技をうまく生かして、とにかくたくさんの撮影が行われた.親と子供と祖父母を併せたいろいろな人の組み合わせ、小道具の組み合わせとポーズで多種類のシーンをそれぞれ連写してゆく方法だった.結局、10 種類以上のパターンで撮影してもらった.2 日後の今日には撮影されたなかから約 100 枚をカラープリンタでプリントアウトした仮の写真ファイルが送られてきた.その中から好きな写真を本格プリント用に選んで、記念写真用の大伸ばしにして、希望により1枚から6枚を一組にしたアルバムにして貰って購入するわけである.数多く撮っているために、動きや表情が自然なものも多くて、仮ファイルを見ているだけでも楽しい.アルバムに組んでもらうと高いが、小さな版のプリントにしてもらうこともできるし、撮影データの CD-ROM を購入することもできる.客側としては、懐具合や目的によって種々の選択を行うことができるのだ.写真館の生き残り戦略としては、なかなか良いのではないかと思った.もし東京近郊の写真館が絶えてきているのであれば、下田市内の旅館と美容院と呉服店(または貸衣装店)と写真館と観光業者が連携すれば『下田七五三ツアー』も成立しうるのではないかと思った.成人式、誕生日、結婚記念日、入学式、卒業式など家族の記念行事というのはいろいろある.こんな形で記念写真を目玉にした観光があっても、よいのではないだろうか?

2008年11月23日日曜日

イスタンブールでベリーダンス

 ウェリントンでの夕食は毎晩だいたい午後8時以降だった. ある晩のこと、キューバストリート沿いのレストランを物色した結果、『イスタンブール』というトルコ料理のレストランが少しばかり空いているように見えたので、オーストラリアの研究者らと入ってみた.間口の狭い割に店の中が思いのほか広く、レンガ壁に囲まれた店内の 100 以上あると思われる席はほとんどが埋まっていて、おしゃべりと熱気が薄暗い店内に充満していた.トルコ料理の『なんとかディップ』(写真右上)と『フィッシュ&チップス』(写真右下)などひとりずつ注文したのだが、一皿あたりの量が途方もなくて、2 時間かけても食べ切れなかった.我らの席でもなんやかんやとおしゃべりしながら飲み食いしていたのだが、突然賑やかな音楽が流れ始めたと思ったら、窮屈に並んだテーブルの間を縫うようにして、ベリーダンスの女性が巡回してきた.きらびやかな飾りのついた明るい水色の衣装に身を包みくねくね腰を振りながら、にこやかに笑いを振りまく.最初は何とはなしに眼のやり場に困ってしまったが、孤軍奮闘で踊る女性の爽やかさが楽しくて、ホールの雰囲気が変わってゆく感じにほっこりと心が温かくなった.

2008年11月22日土曜日

シャツが1枚だけ 

 飛行機で旅する時、着陸後にターンテーブルで荷物の出てくるのを待つのは時間の無駄だと思うし、妙な不安を抱えて過ごすあの時間はやり切れない.海外で荷物が他の空港に送られてしまうトラブルを経験したこともあるので、少なくとも往路はできる限り荷物を減らして、手荷物 1 個か 2 個を機内持ち込みにする.海外旅行の時にもこの原則は崩したくない.向こうの気候に合わせたシャツとズボンが 2セットに下着類が 3 セットもあれば、 1 週間以上でも何とかやっていける.下着はシャワー室か風呂場で洗濯するし、不快になればシャツやズボンもランドリーで洗う.要は洗って干した衣類が乾くまで、今の衣類を着ているというルーチンをうまく回すことだ.予想外の気候で困る時は、現地で衣類を買えばよい.今回のニュージーランド行きもシャツを 2 枚持ってゆくつもりで準備していた.ところが、現地に着いて学会通いを初めて 2 日目の朝に持ってきたはずの 2 枚のシャツのうち、どうした手違いか薄手の方の 1 枚を入れていなかったことに気付いた.洗濯してしまうと、乾くまでに着ているシャツがなくなってしまう.仕方ないので、近くの百貨店か衣料品店でシャツを買おうと思い定めた.ところが、学会の講演を夕方まで聞いて、そのあと話などして明るいうちにホテルに戻っても 7 時過ぎになることばかり続いた.暮れる時間の遅いのも時間感覚を狂わせる.ホテル周辺の商店はすべて午後 7 時に閉店になるので、シャツが買えない.朝夕は涼しいくらいなのだけれど、日中は T シャツの人も見かけるくらい暖かくなる.持っていった厚手の長そでシャツでは昼間は暑くて、腕まくりして過ごさねばならなかった.でも、結局買い物の機会を逃し続け、今回は、ついに 1 枚のシャツで貫いてしまった.もう 1 週間続いていたら、周囲に獣の臭いを振りまく羽目になっていたかもしれない.

2008年11月21日金曜日

すごいぞ Student Session !

 今回のニュージーランドでの学会(第 5 回アジア大平洋海藻会議)では、口頭発表によるシンポジウム講演と一般講演それに一般のポスター講演に加えて、学生が発表するための Student papers というセッションがあった.分類学・生態学・生理学などテーマ別に分かれて、決められた15分という時間の間に発表と質疑を行い、それを評価委員の先生方が採点して部門毎の優秀者を決め、表彰するのだ.通常の口頭発表は大きなホールで行われるが、学生のためのこのセッションは 100 人ばかりがやっと座れるようなコロシアム型の小さな部屋で行われた.最前列の 10 人ばかりの審査員が発表学生をぐるっと取り囲むように座り、その両横には発表の終わった学生と発表待ちの学生が並んで座る.一般の聴衆は彼らのうしろの席に陣取ることになる.ここでオーストラリア、ニュージーランド、韓国、タイ、マレーシア、インド、日本、ベトナムなどの学生らが自分の発表技術と発表内容を競いあった.ひとりひとりの発表にピンと張りつめた緊張感があって、国際的な真剣勝負は見ていてスリリングですらあった.今回私たちの研究室の学生はポスター発表にしてしまった.でも、若い人たちはこんなセッションでこそ発表して自分に磨きをかけるべきだと心底思った.次の機会にはぜひ我らの学生たちにもこのようなタイプの学会発表にチャレンジしてもらいたい.

2008年11月20日木曜日

ビールからオゾンホール

 TE PAPA 博物館のすぐ近くに Mac's Brewery というビールの醸造所があって、オープンテラスでビールを飲めるようになっている.中ジョッキくらいのいろいろな種類のビールがだいたい 8 ドルくらい(このときで 500 円くらい)だった.夕方までの講演が終わって懇親の夕食会が TE PAPA で開かれるまでに時間があったので、会場での休憩時間に知り合った研究者たちと連れ立ってビールを飲みに出かけた.オープンテラスのベンチに思い思いに座ってビールをすすり始め、私は隣の女性研究者と話をした.ベタベタの Japanglish を駆使しながら日本人は英語が第2外国語で大変だねーなんて言われながら、結構話が弾んだ.ニュージーランドの南島の最南部で研究していて、紅藻類の海藻に紫外線が与える影響を調べているという.なぜ紫外線についての研究なのかと聞いたら、ニュージーランド南島ではオゾンホールの拡がる時期に、紫外線の放射が強烈なものになるという.その影響を現場調査を主体として調べているということだった.それまで、なんて美しいのだろうと思っていた澄みきった青空が、少しばかり怖く思えてきた.

2008年11月19日水曜日

木を焼く楽しみ

 ウェリントンのウォーターフロントに TE  PAPA という名前のニュージーランドの国立博物館がある.入場料は無料だが、自然科学や民族から技術や芸術にファッションまで幅広く扱っていて見応えがある.展示の仕方も、眺めるというよりは見学者が包み込まれるような感じのものが多かった.なかで印象深かったのは、ヨーロッパ人が 19 世紀から入植してきたことによる自然環境の改変についての展示だった.入植時から現在に至るまでで、もとの植生は高地を中心に 25% 程度残っているに過ぎないという.その理由は入植者たちが牧草地を確保するために原生林を片端から焼き払ったからだという.焼き払ったあとは醜く黒焦げになるが、その次の春には美しい草々が芽吹き、鮮やかな緑に被われる.その当時の入植者の女性の日記が紹介されていて『木を焼く楽しみ』が述べられていた.環境保全の立場で現在の人々から考えれば、ゾッとするような話だが、未開の土地に入ってきた人々が、森を開いて自分たちの故郷の風景に近づけようとした気持ちは理解できる気がする.自分たちの祖先の、今から見れば負の歴史を博物館に展示している所は学ぶべきであるとも思った.街中ではそこここに英語とマオリ語の併記が見られて、学校ではマオリ語も学ぶという話を聞いた.この国の人たちの心根の美しさを垣間見た気がした.

2008年11月18日火曜日

ニュージーランドのワカメ

 ワカメは外来侵入種としてニュージーランドで注目されている.在来生物に影響を与える厄介者として問題になっていると言うべきかもしれない.今回の学会(第 5 回アジア大平洋海藻会議、3 年に 1 度開催される)でもワカメの侵入に関する発表が少なくとも 4 題はあった.ニュージーランドでは、タイプ標本の産地である本家本元の下田よりも生育期間が長く、夏の 12 月から 1 月にかけて姿が見えないだけで、1 年中存在するという.下田では不在期間が半年に及ぶので、ニュージーランドでの生育状況は日本の東北地方沿岸に近い感じがする.ウェリントンのウォーターフロントで、船着き場周辺の桟橋辺りの海の中を見下ろしてみると、めかぶがしっかり発達生長した大きなワカメが杭や岩の周りに所狭しと付着していた.在来海藻が生えない場所や何かの拍子にはげ落ちた場所には、すぐにワカメがはびこり始めるという.ニュージーランドの人々もワカメを食用にはしているようだが、あんなにたくさんそこいら中に生えていたのでは、値打ちもなくなるし食欲もわかなくなるだろう.

2008年11月17日月曜日

STOP LOOK LIVE

 ニュージーランドの首都はオークランドだと思っていたら、私たちの向かうウェリントンが首都だと、行きの飛行機の中で観光ガイドを見て知った.自身の口頭発表の準備が間に合わなくてギリギリの状態なのに、学生の発表の手伝いなどやっていたら、行き先についての予習をするどころではなくなってしまったのだ.実際のところ、現地で発表の準備の続きをやるはめになり、ホテルでパソコンが使えないとアウトの状態に追い込まれた.念のために、成田に向かう途上で秋葉原のヨドバシカメラに寄って、小型変圧器と変換プラグを買い込んだ.でも、哀れなジタバタ努力はなんとか実を結び、ミニシンポジウムでの私の発表も学生のポスター発表もなんとか無事にクリアできた.重圧から開放されて、ちょっと身軽になった気持ちで、ふらっと街に出た.ホテルはウェリントンのダウンタウンの繁華街を抜けるキューバストリートという賑やかな道のすぐ近くにあって、建物の外に一歩出れば人のうごめきの圧力が体に直ぐに伝わってくる.学会の1日が引けて商店も閉まった頃のキューバストリートを、私は海方向に北上した.3車線分くらいの幅の道に沿ってマレー料理、インド料理、タイ料理などの食堂、雑貨店、書店、アクセサリー店、それにいろいろなカフェが途切れなく並んでいる.昼前後には、道端でギターを弾いているひげ面の男や小銭稼ぎにバイオリンを弾く子供がいたり、両手にピンをもって大道芸を見せたい男が客を誘おうとしていたりもした.商店は午後7時には閉まるが、夜8時頃まで明るいため、ひどく夕方が長い.遅い日没を過ぎるとカフェやレストランは人であふれ始める.皆が本当に楽しそうだ.夜が遅く始まるせいかみな宵っ張りのようなのに、朝は7時頃には同じストリートをたくさんのビジネスマンたちが北のオフィス街を目指して競うように歩いてゆく.彼らは寝不足にはならないのかと、ちょっと心配になってしまう.キューバストリートの突き当たりをひょこっと右に曲がり横断歩道を向こう側に渡ろうとした時に、ふと目を落とすと、その渡りはじめの足元のところに、『STOP LOOK LIVE』と白いペンキ文字が書かれていた.『Stop, look and live』ということなのだろうけれど、『LIVE』の付いているところが、生々しいというかカッコ良い感じがして、思わず写真を撮ってしまった.ウェリントンの横断歩道の歩行者用信号はボタンを押してから青に変わるまでの時間も早いが、青が赤の点滅に変わるまでの時間もひどく短い.キツツキが木を叩くようなせわしない音に急かされる.どうしても急いで横断歩道を渡りたくなるのだ.だから『死にたくなけりゃ、止まれ!見よ!』なのである.

2008年11月9日日曜日

滝のおトイレ

 熱海の駅の改札口近くの少し奥まったところに、トイレがある.細い通路をたどって奥の方に進むもうとすると、放送が聞こえてくる.「右手に女性用トイレ、突き当たり奥が男性用トイレ」とそんな感じの案内なのだが、最初に聞いた時にびっくりした.男女トイレの案内の他に、次のようなガイドが流れてきたからだ.「左手前は滝のおトイレです」観光地だから、滝が流れ落ちるような名物トイレがあるのだろうかと、滝に向って豪快に放尿する男性たちを何となく想像してしまった.でもすぐに気付いた.『多機能トイレ』だったのだ.気付いた今も、やっぱり最初はどうも『滝のおトイレ』に聞こえる.話す人のスピードのせいだろうか.でも、よく考えると『多機能トイレ』というのもかなり奇妙な表現だ.トイレの機能にそんなにいろいろなものがあるのだろうか.

2008年11月8日土曜日

茶色のコカマキリ

 保育園児の次男は虫好きである.園に虫好きの先生がいて、師匠と仰いでいるらしい.家の周りの目立った虫を次々に捕獲してきては虫かごや飼育ケースに入れて、悦に入っている.彼が小さなカマキリをつかまえてきた.茶色のカマキリだ.名前を調べろとせがむので、図鑑をチェックしたところ、コカマキリと判明した.体色はいろいろあるようで、鎌のところの白黒のワンポイント模様が識別ポイントらしい.なかなかオシャレである.なんだか目玉模様っぽくも見えるのだが、あんな小さな目玉模様が役に立つのだろうか、と疑問に思った.オオカマキリには少なくともあんな模様は無いと思う.模様の謎を解きたいものだ.

2008年11月7日金曜日

氷解

 なんとなく「なぜだろう?」と思っていたことについて、ひょんなきっかけで答えを得ることがある.私は零戦のゼロが何なのか知らなかった.吉村昭の『零式戦闘機』を読んで、皇紀 2600 年の最後のゼロを取ったということを知って、97 式艦上戦闘機や一式陸上攻撃機などの名前の理由にも合点がいった.ずいぶん昔、小学校高学年か中学生あたりの時に、私は戦車や大和などの戦艦や伊号潜水艦のプラモデルづくりに夢中になった時期があった.『紫電改のタカ』というコミックにもはまっていた記憶がある.一式陸攻も作ったことがあって、イチシキリッコーという呼び易さもあり、妙に気に入っていた.その頃に、何となくなぜ『一式』だろうと思っていた.そのほのかな疑問のモヤモヤが 30 年以上経って氷解したのである.脳味噌の中を涼しい風がひと吹きしたような心持ちがした.

2008年11月6日木曜日

メバルが分かれた

 メバルが3種類に分かれた.クロメバル、アカメバル、シロメバルである.なじみの魚がこんなふうに分かれるのはなんだかワクワクして楽しい話題だ.長い間すっきりしなかったものが DNA 解析の裏付けもあってはっきり落ち着いたことになる.最近こんな例が多い.クロフジツボは 3 種に分かれた.日本産オニヤドカリは確か 5 種に分かれたはずだ.ヒザラガイの目玉模様ありとなしの タイプは 2 種に分かれたのだろうか.身近な生物がこれだけ種の分裂をすると、フィールド観察も心して行わなければならない.

2008年11月5日水曜日

いつも見る知らない景色

 通勤や通学などで同じ場所を電車で往復する場合、乗り換えの効率を良くするために、列車の特定の号車の特定のドアから乗り降りするようになる.すると、乗り換え待ちの時のホームでの立ち位置が固定されてくる.ホームで列車を待っている間に前を見ていると、向こう側のホームに立つ人々、行き交う人々が見えるかもしれない.絶え間なく変化する光景だ.でも駅の端にあるホームの外側に電車が着く場合、ホームから見える景色は、看板か外の景色になる.看板である場合は、毎日毎日、広告のなかの同じ写真や文字を眺め続けることになる.やがて、それらがすっかり眼に馴染んで、盛られた情報が眼を経ても脳を素通りするような感じになる.そんな頃になると、季節が変わったり、売れ筋商品が変わったりして、看板の広告が突然ガラッと変わる.眼はあわてて新しい情報を貪って脳に伝えようとするだろう.一方で、目前を遮る看板がなければ、毎日眺めるものは外の景色だろう.毎日見るともなく眺めて眼に馴染んだ景色は、アングルも構図も同じだけれど、時間や天気によって微妙に色彩や陰影が変わる不思議な絵のようなものだ.毎日見慣れていても、たいていの場合何を見ているのか積極的に探ろうとか調べようとかはしない.乗り換え駅であれば、なおのことそうだろう.いつも見るけれど、知らない景色だろう.自分や人の心を眺めたいと思う時に、時折、隣のホームのように、看板のように、そして、外の景色のように感じることがある.

2008年11月4日火曜日

仲間が逝った

 大切な仲間を失った.大学時代に同じサークルで辛苦を共にした仲間だ.もっと話をしておけば良かった.話は尽きなかったのに、いつも次があるさと思っていた.亡くなってしまえば、もう会えないし、話せない.そんな単純なことに、その時がくるまで気づかないなんて、救いがない.忙しさに紛れて長く連絡をとらなかった.口惜しい.悔やまれる.生きられる日々を与えられている私たちは、先に逝った友人に恥じることの無いように、一日たりともおろそかにせず、生きてゆかねばならない.

2008年11月3日月曜日

絵本:トマトさん

 年中向け『こどものとも』の一冊として届いたので子供に読み聞かせてやったのだが、その表現力の力強さ、もの凄さに一発でノックアウトされて、私の方が夢中になってしまった絵本が『トマトさん』(田中清代作、福音館)である.夏の日に太陽に灼かれたトマトが、小川で水浴をしたいのだが自力では動けず、動物たちの助けを得て小川に転がり込むという話で、動物たちが力を合わせてトマトを押し転がすところは『おおきなカブ』に似ているが、この作品の放つオリジナリティーは物語よりも絵そのものにある.日に灼かれて辛そうなトマトさんの顔、小川に飛び込むトマトさんのドアップの顔などは、ほとんど不細工なまでにリアルっぽくて、ついついトマトには本来顔が付いているものだと、錯覚してしまいそうだ.画面から飛び出してきそうな絵の大きさと動きと勢いには、はじめは少し身を引いてしまいそうになる.トマトを助ける動物たちが、いずれも擬人化されているのに、なぜだかみんな妙に自然な感じであるのも可笑しい.ひとつひとつの動物が、細部まで丁寧に描き込まれているために生じるのだろうか.不思議な感覚である.我が家の本棚にずらりと並んだ子供の本の中で、ついつい手を伸ばして見入ってしまい、そのたびに涼やかで爽やかな気持ちになる.私の清涼剤である.

2008年11月2日日曜日

多数の小さなヤシガニ

 吉村昭の『深海の使者』は、第2次大戦中に日本とドイツの間を行き来した伊号潜水艦についての話である.この小説のちょうど真ん中あたりに、海の生物についての興味深いエピソードがある.そこには、マレー半島の近くでイギリス潜水艦に伊号三十四潜水艦が撃沈される顛末が描かれている.沈没する潜水艦から辛うじて脱出した乗組員の数人が、陸を目指して泳いでゆく.その場面で、潮流に抗いながら必死で泳ぐ人々の皮膚を海面の浮遊物に付着した多数の小さなヤシガニが絶え間なく刺した、と語られているのである.筆者は綿密な取材をなさる方なので、この話は実際に命拾いした脱出者に直接取材して得たエピソードであろう.確かめようのないことなので、ここからは全て私の想像であるが、多数の小さなヤシガニが海洋を漂流するというのは、まずありえないことだ.海を漂うヤシガニの幼生はむしろエビのような形で、ヤシガニ型ではない.幼生期から着底した初期は海底で貝殻を背負って歩き、海表面にはいない.ヤシガニ型になる頃には陸上生活に移行するし、体もかなり大きくなっているはずである.おそらく、漂泳する人々を刺したのは『ヤシガニに似た小さな生物』だろう.思い当たるのは、カニのゾエア幼生やメガロパ幼生である.漂流物に多数付いていたもので、容易に視認できるほど大きな幼生だとするとイボショウジンガニあたりの幼生だろうか.カニのゾエア幼生はチンクイとかチンクイ虫と呼ばれて、ちくちくと人を刺すことから、サーファー達に嫌われている.これらが『小さなヤシガニ』の正体ではないだろうか.

2008年11月1日土曜日

プランクトン観察スノーケリング

 スノーケリングの目的は、水面をひたすら泳ぎ回ってスポーツとして楽しむこともそのひとつであるだろうけれど、ふつうは魚や海底の生き物を観察することにあるだろう.見知っているけれど珍しい魚を見つけて嬉しくなったり、見かけない魚の登場に頭の中のデータベースとの照合を急いで、合致データのない場合には一生懸命に特徴を覚えて帰って、図鑑で探してみようと思うのだ.あるいは岩場のカニを追ってみたり、少し潜って海底のナマコやヒトデを拾ってくるのかもしれない.でも、ちょっと趣向を変えて、プランクトンを観察するためのスノーケリングをやってみると、これがすこぶる面白い.プランクトンというと、ふつうはプランクトンネットというプランクトン採集専用の網で集めて、持ち帰ってから顕微鏡観察するイメージが一般に行き渡っていると思う.でも、人間の眼というのはかなり性能が良いものなのだ.ちょっとしたイメージの切り替えで、すんなりと海中プランクトン観察ができるようになる.眼でとらえようとするイメージの大きさを小さなものに変更すればよいのだ.要するに、ごく近いところ、目のすぐ前の数 cm から10 cm くらいの所をあえて見ようとすればよいのである.立ち泳ぎ加減で観察するのが良いかもしれない.水面直下に粒々の夜光虫が見えるときがある.夜光虫はたかだか0.5 mm くらいの大きさだから、これくらいのものは楽に判別できるのだ.逆光ぎみにするとよりよく見えることもある.小さな小さなカイアシ類たち(微小な甲殻類、ケンミジンコに近い仲間)は普通にたくさん見えてくる.ときに、蛍光色に輝く大型のカイアシ類であるサフィリナを見かけることもあるかもしれない.ススッと直進しては急停止する不思議な動きの細い棒状の生き物はヤムシである.微小なクラゲが多数漂っているのに驚くことがあるかもしれない.私は、手のひらサイズのクラゲを目前でよくよく眺めていたときに、表面にヨコエビの仲間のクラゲノミが付いているのを見つけたこともある.慣れてくると楽しくて、プランクトンの多い時には夢中になることもあるかもしれない.でも、用心が必要だ.周りがよく見えないので、自分がとんでもない所に流されていたり、人や物にぶつかったりすることがある.それに仲間がいないところで寄り目がちに水中観察をしていると、傍目にはそうとう奇妙で、変人扱いされる恐れがあるからだ.

閲覧数ベスト5