『われから絵本』が完成し、ついに世に出始めた.
『ワレカラ』は古今集や枕草子にも名前が出てきて、むしろ古代の人々の間でよく知られた生き物だったようだが、残念ながら現代では知名度がかなり低い.そのワレカラを、絵本にしてみた.
絵は、大学時代の同級生でもともとは両生類の研究者であった畑中さんが描いて下さった.彼女は『オタマジャクシの尾はどこへきえた』という素晴らしい科学絵本の画家でもある.畑中さんにはワレカラのみならず海藻や他の小動物まで、実物からのスケッチを繰り返してもらい、内容については、できる限り科学的に正確なものになるように努めた.今回の試みでは、ワレカラという動物をできるだけ一般に知ってもらい、その住む環境についても見てもらいたいのである.
「知らないものは見えない」と、一般によく言われる.知らないものを見えるようにするために、子供のときから知識の地平を拡げるための手伝いをしたいというのが、私たち作者の願いである.生物研究者は、図鑑や本に載っていない多くの秘密の知識を抱えている.とくに自分の研究材料については、楽しいことや面白いことを見つけては、自分たちだけでワクワクしている.でも、そんな知見の多くは、一般の人々の眼に触れることがない.たまに一般向けに取り上げられることがあっても、大人向けの科学雑誌などが舞台となることが多い.だから、絵本という形で、研究者の持つ新しい知見や研究者の言いたいことを吸い上げられたら、面白いのではないかと思うのだ.大人にとっては知名度の低い動物やとんでもない事実などでも、先入観のない子供たちにはすんなり受け入れられることが多いに違いない.ポケモンやムシキング、車の名前、電車の名前、など子供たちは何でも吸収する.小さくても存在感のある、しかも実在する不思議な生き物たちを、子供のころから知ることにより、生物世界の多様性についての認識力を高めることができるのではないか、そんなふうに考えるのだ.
『われから絵本』を欲しがる人々は生物研究者や生物系の学生、それに生物好きのダイバーには確実にいるはずである.子供たちだけが対象ではない.
この絵本は淡々とワレカラの生物環境を描いたもので、劇的な物語があるわけでも、作者の意図によって特別に心が温まったりするものでもない.生きものの普通の有様や美しさ、そして素晴らしさを感じてもらうものだと思っている.傍らに置いて、折々に繰り返し眺めてはいろいろな発見をするような、そんな本であってほしい.研究者が発信するこのようなスタイルの絵本があっても良いと思うが、確実に大部数の販売を行いたい大手出版社からの出版にはリスクが大きいだろう.今回も大手出版社には出版させてもらえなかった.当然のことだと思う.だから、私家版になった.これから、口コミに頼ったり、ミュージアムショップやダイビングショップ、知り合いの店舗などに置かせてもらったり、加えてネット販売を行い、それらを通じてどれくらい世の人々に見てもらえるかを、問うてみることにしたい.まずは、7 月 10 日から始まった茨城県自然博物館の企画展である『そうだ!海だ!海藻だ!〜命をつなぐ海の森』の会場で、ワレカラの実物標本の近くにこの絵本の見本が置かれ、ミュージアムショップで 350 円で購入できるようになっている.まもなく下田市内の商店のネットショップ上でも販売を開始する予定で、送料は冊数に関わらず 100 円になる見込みである.
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