4 月から東北大学農学部のメンバーとなり、大震災からの災害復興のための研究に従事することになった.海洋生物学分野で、殊に水産業の復興のために私たちの成すべき仕事は果てしなく存在する.異動の決まった時には、異動前にまさか大地震があろうとは思っていなかった.ましてや、震災復興の最前線で働く事になろうとは、下田で 3 月 11 日を迎えるまでは夢にも思っていなかった.実際のところ、3 月 11 日を迎えた後でも、自分のことで精一杯で、何が起きたのかを実際に東北に来て、目で見てしっかり認識するまでは、自分が何をできるのか、東北で何かやれるのか、などということは、考える事もできなかった.
こちらに来て、6 月から漁場調査のために潜り始めた.漁師さん達は自分たちの漁場がどうなっているのか、調べる手立てすらない.でも、海中の様子を知りたがっていた.いまは家も漁船も車も失って、漁の再開の目処が立たなくても、海底に魚介類の元気な姿を確認できれば、明日への希望をもつ事ができる.今を耐えれば何とかなる日が来る、と思うことができれば、それは太い心の支えになる.この1ヶ月、潜水器材をトラックに積んで、走っては潜り、潜っては走り、を繰り返して来た.6 月後半になって、日本水産学会の災害復興支援拠点が東北大学農学部に設けられる事になった.私は支援拠点事務局のメンバーになった.初仕事はホームページの作成だ.素朴でぎこちない出来だけれど、なんとか約束の期日までに立ち上げる事ができた.
https://sites.google.com/site/fukkoushienkyotentohokuuniv/
復興と言うのは易く、被災した人々が普通の暮らしを取り戻すには、果てしない道をたどらなければならない.だからこそ、沢山の人たちの日々の前向きな力の積み重ねを絶やしてはならない.私たちも、微力ながら前進する力となりたいのだ.
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ナマコの不思議な食事風景を見た.自宅の玄関に、いろいろな生き物を入れては眺めている小型の水槽があって、今はその中に大きさ 20 cm くらいのマナマコが入っている.食用に貰ったのだが、すぐには食べなかったので水槽に入れたまま、ペットになってしまったものだ.眺めていると、赤みを帯...
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野鳥というのは、ヒトがある一定の距離以内に近づくと、忽ち逃げてゆくものだと思っていた.カラスもそうだったはずだ.ところが、最近、ずいぶんに近くまで寄っていっても、 なかなか逃げてゆかないものが多い気がしている.1 m より短い距離まで接近しても目が合っても、平気で柵や樹木の梢や...
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トチノキに興味を持ったのがきっかけで、木の名前を調べ始めた.ずいぶん前に買って「積んどく書籍」になっていた「 落葉図鑑 」が活躍しはじめた.南三陸町へ向かって三陸道を往復し始めた頃だから 6 月半ば頃のこと.調査用の公用車であるダットサントラックの助手席で、高速道路の脇を埋める...
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街角のファストフード店の窓際に座って、食後のコーヒーを飲みながら外を眺めていると、外の街路を行き交う人々のいろいろな様態が見える.服の色、髪型、体型、同伴者との位置関係、子供の連れ方、荷物の携行の仕方など、様々に違っている.それぞれが個々の生きて来た履歴から吹き出している性状だ...
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